蓮華遊子 – 捜索01

「ここは奇妙な街じゃの。街並みは廃れておるが、随分と活気がある。人で溢れておるではないか」
 食糧を求め、街を先導しながら歩き始めたヴァヴァロらに続きながら、バドマは興味深そうに辺りを見渡していた。
「こんなに人が増えたのはけっこう最近なんですよ。少し前まではゴブリン族のほうが多かったんです」
「ほう。あの面妖な覆面をつけた者たちか」
 ヴァヴァロは頷く。
「ゴブリン族ってもともと放浪の民なんですって。でもこの街のゴブリンたちは、シャーレアンの人たちに放棄されたこの土地に辿り着いて、ここを自分たちの街にしようって思い立ったらしくて。たまたま同じ頃にこのあたりの遺物に目をつけたトレジャーハンターたちと協力して、新しい都市としてイディルシャイアを創り始めたんです」
「放浪の民が故郷を求めたわけか」
「シャーレアン人の残した遺物もあるし、そこもガラクタいじりが好きゴブリンたちには魅力的だったみたい」
「なるほどのう。おや」
 バドマは足を止め、一段と大きな天幕が張られた一画に視線をやった。
「あの一画はまた随分と賑わっておるようじゃな」
「ああ、あそこは」
 イディルシャイアにはエオルゼア各地から実に様々な人が集まっている。
 その多くは冒険者やトレジャーハンターだが、あらゆる分野の職人や、採掘師、園芸師といった人々も少なくなかった。なかには冒険者としての地の利を活かし、素材の採集から実際の製作まで一人でこなしてしまう、冒険者とは名ばかりの職人気質な冒険者の姿もあった。
 こうして多様な人々がこの地に集う理由のひとつに、いち早くイディルシャイアの発展性を察知したロウェナ商会の影響も小さくはないだろう。レブナンツトールを本拠にその勢力を拡大するロウェナ商会はいま、好事家向けの蒐集品買い取りを行っていた。その買い取り窓口がレブナンツトールだけでなくイディルシャイアにも開設され、利用しに訪れる職人も多いのだ。そのほかにも最新鋭の武具や、一体どこから仕入れているのか、はたまたどう扱うのか謎めいた品々を多く取り扱うロウェナ商会は、イディルシャイアの目玉施設といっても過言ではなかった。
 ヴァヴァロが掻い摘んで説明すると、パドマは肩を竦める。
「商売人というのはほんに目敏いの。少しでも金の臭いがすると、どこへでも現れおる」
「ほんとに」
「おや、書物も取り扱っておるのか」
 バドマは商会のカウンターに陳列された書籍に惹かれたようだった。その横顔を見上げて、ヴァヴァロはアルテュールを振り返る。
「アルテュール、先にごはんの買い出しお願い」
「あいよ」
 アルテュールはこだわりなく頷くと、テンメイを連れ立って先へ行く。
「おお、すまぬな」
「本が好きなんですか?」
 商会の天幕内が覗き込めるあたりまで来て尋ねると、バドマは笑いながら首を横に振った。
「妾は読まぬが、テンメイがな。なにしろ妾は読み書きが不得意での。あれはなんと書いてある?」
 それならテンメイも一緒に、とアルテュールたちを振り返ったヴァヴァロだったが、声をかけるにはもう距離が空いていた。諦めて、ヴァヴァロはカウンターに並んだ書籍の背表紙に視線を向ける。
「ええと、鉱物とか、植物の図鑑みたい」
「ほう。それはよい。いかほどで買えるかの」
「多分、お金では買えないんじゃないかなあ……」
 ロウェナ商会は物品の交換に金銭を用いないことが多い。いま二人が覗いている区画は好事家向けの品の蒐集窓口だから、指定された品を納品すれば、ロウェナ商会独自の貨幣と交換してくれる。それをかなりの数貯めると、やっと書籍やら道具やらと交換してもらえるのだ。
ほかにもアラグの遺物と交換に武具を取引できたりするのだが、それもまた要求される遺物の数が半端ではなく、ヴァヴァロなどにしてみれば、到底手の出る代物ではなかった。
「ふぅむ、残念じゃ。テンメイに買ってやりたかったのじゃが」
 商会独自の取引方法を説明すると、バドマは陳列された書籍を前にため息をこぼした。
「あの、テンメイさんはなにをしている方なんですか?」
 名残惜しそうなバドマを連れ、アルテュールたちが向かったほうへと歩き出しながら、先ほどから気になっていた事を思い切って尋ねてしまう。
 体格のわりに戦うことはせず、しかし幻術を多少なりとも扱うと言う。夫婦や親子で冒険者をしているというのはいまや珍しいことではないが、ヴァヴァロにはどうしても、テンメイがただの荷物持ちには見えなかったのだ。
「あやつは薬師じゃ」
「薬師……お医者さんですか?」
 意外な返答にヴァヴァロは目を丸くする。バドマは誇らしげな笑みを浮かべてみせた。
「幼い頃から師のもとで修行を積んでおったそうでな。本人に言わせれば師には遠く及ばぬそうじゃが、あれでなかなか腕の良い薬師じゃと妾は思っておる」
「へぇぇ」
「ああ、追いついたようじゃな。テンメイ──」
 バドマの視線を追うと、ゴブリン族が煮炊きに使う広場にテンメイの姿が見えた。──正確にはテンメイと、そして人相の悪い男が二人。
「おいおい、無視かぁ? お高く止まってんなぁ」
「冷たいねぇ。見ねえ顔がいたから親切にこの街の流儀を教えてやろうと思っただけなのによぉ。あぁ? 鱗のニィちゃんよぉ」
 ──悲しいことだが、決して珍しいことではない。イディルシャイアに集まるのは気の良い人々ばかりではないのだ。中には他都市で問題を起こした無法者が流れ流れてこの街に辿り着く例もある。
「ちょっと──」
 仲裁に入ろうとしたヴァヴァロをバドマが押し留めた。驚いて振り返ると、バドマは鋭い眼差しで事の成り行きを見据えている。
「チッ、いけすかねぇ野郎だな。こっちが下手に出てりゃ調子に乗りやがってよぉ!!」
 男はテンメイに掴みかからん勢いだった。なおもバドマに肩を押さえられ、ヴァヴァロは困惑してしまう。
「ちょっと あんたら なにしてる~!? 喧嘩するなら 許さない~! 争いごとは ご法度よ~!」
 天幕の奥で作業していたゴブリン族のラウドジョクスが、男の罵声を聞きつけ慌てた様子で駆け出してきた。咎める声に男はいっそう苛立ち募らせたようだった。
「マスク野郎は引っ込んでろ! いまこの鱗野郎に俺様を無視するとどうなるか叩き込んでやろうと──」
 テンメイが一瞬、唇を固く結ぶのがヴァヴァロには見えた。ラウドジョクスをなだめるように押し留め、テンメイが悪漢に向き直るのと同時に、朗々とした声がその場に響き渡った。
「その者に何か用かえ」
 ヴァヴァロを押さえていた手を離し、バドマはテンメイと男たちの間に割って入った。
「ああん? 誰だねーちゃん」
 バドマは男たちの下劣な視線を泰然と受け止める。
「こやつの妻じゃ。夫に用があるなら妾が伺うが、何か用かえ」
 男たちはきょとんと顔を見合わせた。一拍おいて弾かれたように下品な笑い声を立てる。
「こ、これはこれは! 奥様でいらっしゃいましたか!」
「ダセぇ、女に庇われてやがる!」
 腹を抱えて大笑いする男たちの顔を交互に見やり、バドマは薄く笑みを浮かべる。
「徒党を組まねば他者に物を申すこともできず、おまけに品性下劣と見受ける。情けない男どもよの」
「──あァ?」
 男の一人から笑みがぴたりと引いた。
 バドマ、とテンメイが彼女を押し留めるように肩に触れたが、バドマはその手を軽く払うようにする。
「夫に手出しすることも、愚弄することも許さぬ。用ならば妾が受けようかと思ったが、貴様らのような小悪党の相手をするほど妾も寛容ではない。その下賤な顔をとっとと下げよ。二度と我らの前に姿を現わすでない」
 いっそ尊大とさえ言えるバドマに、ヴァヴァロはもちろん、ラウドジョクスまでもが呆気にとられてしまう。ただ一人、テンメイだけが深いため息をこぼした。
「おい、どうした。喧嘩か」
 ようやく姿を現したアルテュールの声にヴァヴァロははっと我に返った。
「ちょっと、なんでテンメイさんから離れたの」
「メシ買い足そうと思って店出してる奴探してたんだって。で、喧嘩なのか? どうしたんだアレは」
「テンメイさんがアイツらに絡まれてバドマさんが──」
 小声でやりとりを交わしていた二人は言葉を切った。男の一人が大きく体を震わせたのだ。
「黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって、ずいぶん人のことコキ下ろしてくれるじゃねぇか! 俺ァ女だからって容赦しねぇぞ、あァ!?」
「──そこまで!」
 男がバドマの胸ぐらに掴みかかろうとするのを見て取って、ヴァヴァロは険しい声を上げた。
「なんだテメェ」
 騒ぎに割って入ってきたヴァヴァロを見下ろし、男は怪訝そうな顔をする。
「これ以上、騒ぎを大きくするつもりなら、スローフィクスたちに報告するよ。本当に街を叩き出される前に、さっさと退散したら」
「愛想のねぇ鱗野郎とクソ生意気な女の次はガキかぁ? どこまで俺をなめりゃ──」
「街から叩き出されたら、青の手と魔物が徘徊する土地をこそこそ逃げ戻るハメになるぜ。それでもいいなら止めねーけどよ」

 

捜索01

 

 いつの間にか人が増え、しかも取り囲むようにされていると気づいた男は、ぎょっとして半歩下がった。
「テメェら、数で俺に対抗しようってか。何人でこようと──」
「あ、兄貴ィ……」
 すでに及び腰になっていた片割れの男が、蚊の泣くような声を出す。
「こ、こいつら、よくミッドナイト・デューやモブハンターの連中と絡んでる奴らっすよ……! 相当の手練れなんじゃ……」
「あァ?」
 言われ、男はヴァヴァロとアルテュールの顔を見比べ、次いで冷ややかな視線で自分たちを見据えているバドマやラウドジョクスを見遣った。
「だ、だからなんだってんだ。二人掛かりならこんな連中──」
 言いながらも、男は怖気たようにさらに半歩下がった。
「チッ。こ、ここは引いてやらぁ。覚えてろよ、次に会ったら──」
「忘れないよ。顔はしっかり覚えたからね」
 ヴァヴァロに睨まれ、男は舌打ちすると、子分を連れそそくさとその場を後にした。
「子供じゃないってのー!」
 ヴァヴァロは逃げ去る背に舌をベッと突き出す。ひとつ息を吐くと、夫婦を振り返った。
「災難でしたね。たまにいるんです、ああいう柄の悪い連中が」
「なに。どんな場所にも少なからず悪辣な輩は現れるものじゃ。このように発展途上の街ならばなおさらであろう」
「自由の都市は 近ごろ人でいっぱいよ〜。いろんな人で 溢れてる〜。悪党 善人 さまざまよ〜。たまに揉め事 起こっちゃう〜。おちおちごはんも 作れない~」
 バドマの言葉に、ラウドジョクスは辟易といった様子で肩を落とした。
「本当にね。なにはともあれ、傷害沙汰にならなくてよかった──」
「テンメイ」
 ヴァヴァロの言葉も半ば、バドマは渋い顔をしているテンメイを振り返った。
「──貴様、男子の誇りとやらはどこへやったのかえ。悪漢程度、自分一人でも対処できると言っておったのは妾の記憶違いかえ?」
 バドマは男たちが消えた道の先を指し示した。その瞳は燃え盛るような激しい怒りに満ちていた。
「あれほど愚弄されて黙っているとは何事じゃ! 男らしさとやらを豪語するなら、少しは毅然とした態度を見せてみぬか! 黙って言われるがままになっておるとは情けないにもほどがあろう!」
 悪漢たちと対峙していた時よりも遥かに激しい口調に、ヴァヴァロたちは思わずぎょっとする。
「……あの手の連中は目についた奴に絡みたいだけだ。放っておけばそのうち飽きてどこかに行く」
 対するテンメイは淡々としたものだった。
「ほう。では相手が飽きなければどうするつもりだったのじゃ。あのまま悪漢に拳の一撃を見舞われるつもりだったのかえ? なお相手の気が済むまで耐えるとでも?」
「……さすがに身を守るくらいはする」
「どうかの。殺生を好まぬ貴様にどんな抵抗ができると言うのじゃ。男の、夫の矜持とやらを語っておきながら愚弄されるままとは、それが貴様の言う矜持か。その程度ならば、はじめから黙って妻に守られておればよい!」
「バ、バドマさん、落ち着いて……」
 ヴァヴァロは激昂するバドマの服を引いた。バドマはヴァヴァロの体を押し返すようにする。
「下がっていてもらえぬか。これは我ら夫婦の問題故──」
「争いごとは もうやめて〜! 喧嘩の仲裁 こりごりよ〜! 夫婦喧嘩は 犬も喰わない〜!」
 地団駄を踏むラウドジョクスの言葉に、バドマはようやく怒りを鎮めたようだった。テンメイをもう一睨みすると、ふいっと視線を外し、ヴァヴァロたちを振り返った。
「……騒がせてしまったな。昼餉を取るところであったの。なにかこちらで用意できるものはあるかえ」
「あ、ああ。出来合いのものを買ってきたから、とりあえず公園あたりで一度腰を落ち着けようや」
 ヴァヴァロ同様、バドマの苛烈さに呆気に取られていたアルテュールは、慌てて買いだしてきた食糧を示してみせる。
 ラウドジョクスに別れを告げ、改めて夫婦を案内しながら、ヴァヴァロはちらりと夫婦の顔を見比べた。双方、わずかに剣呑とした気配を残してはいたが、ひとまず嵐は去ったようだった。
「ねえ、亭主関白の逆ってなんて言うのかな?」
 ヴァヴァロが小声で尋ねると、アルテュールは肩を竦める。
「さあ。女房関白じゃねーの」
 ヴァヴァロは小さくため息をつくと、またそっと二人を振り返った。
 ──彼女らと息を合わせて亡霊騎士を討てるかどうか、先行きが不安なヴァヴァロであった。

 

 

 

 


書けたところまで〜〜!

まだまだダラダラっと続くんじゃ〜!

 

 

 

 

 


蓮華遊子 – 捜索01”に2件のコメントがあります。

  1. ichinichiblog

    わぁ〜!続きも楽しみです。情景が浮かぶよう!(^-^≡^-^)
    ゴブリン族の喋り方も好きです。
    夫婦喧嘩は犬も食わない〜

    1. EiraEira Post author

      >ビビさん
      コメントくれて ありがとね〜! とても励みに なったのよ〜!
      ゴブリン族の しゃべりは独特。それがとっても 魅力なの〜。
      シュコシュコ言うのも かわいいの〜。マスク姿が 愛しいの〜!

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