蓮華遊子 – 捜索02

「あたしたちが捜索するのは低地ドラヴァニアの西側、シャーレアン学士街です。学市街方面はアルテュールと何度か巡回したんですけど、なんだかんだで途中で引き返すハメになる日が多くて、まだ奥地までは行けてないんです」
 手持ちの分と買い足した食糧を分け合って腹ごしらえを済ませると、ヴァヴァロは一同の前に地図を広げてみせた。まだ完成して日の浅い、公園の一角でのことである。
 放棄されて久しいシャーレアンの植民都市は、今や魔物の跋扈する廃都市に様変わりしている。同時に、放棄された遺物の数々は、依然として価値がある──少なくとも、多くの者はそう考え──とイディルシャイアの者やトレジャーハンターたちが日々、回収に励んでいるのだ。
 当然、魔物や、時に盗賊と遭遇することもある。戦闘を切り抜けるだけの腕があればよいが、中には這々の体で逃げ出すのが精一杯の者もいる。そこでヴァヴァロたち自警団の出番となり、魔物の討伐、遭難者の保護などを行なっているわけだが、すると今度は亡霊騎士の捜索が思うように進まない。結局、不本意ながらもシャーレアン学士街あたりの巡回に留まってしまう日も多かった。
「あの老婦の言の他に、亡霊騎士に関する情報は?」
 バドマの問いに、ヴァヴァロは肩を落とした。
「イロアズさんの持っている情報と、最初の目撃者の言葉以外はなにも。本当にいるのかどうかも怪しいんですけど、いるならやっぱり、早く見つけて手を打たないと」
「件の目撃者以外からは目撃報告も上がっていないわけじゃな。実在するのであれば、まだ巡邏していない場所に潜んでいるのか……」
「例の野郎の見間違えか、そうでなきゃ魔法で姿を隠しているか……。魔法に造詣の深い奴なら魔力の痕跡を感じるんだろうが、生憎、俺もヴァヴァロも魔法にゃ疎い。仲間と合流できるまでは地道に探すしかねぇな」
言ってアルテュールは頭を掻く。魔法で姿を眩ませるだけでなく、もし全く別種の姿に変化──魔物の中には姿を変化させるものもあった──していれば、ヴァヴァロとアルテュールの二人で探し出すのはひどく困難になってしまう。
「こちらの方角には赴かなくてよいのか?」
 バドマが地図の東側を示してみせた。
「もしそっちのほうに現れたら、きっと青の手がなにか動きを見せると思うんです。そしたら青の手を監視してるショートストップのゴブリン族から連絡が入るだろうし……。それに、陸路でイディルシャイアを目指す人はどうしてもそっちを通ってくる必要がありますから、自ずと情報が入ってくるかなって、まずは学士街方面を重点的に探してるんです」
「ふむ、確かに妾たちも南東から北上してきたが、それらしき姿は見かけなかったしのう」
 ヴァヴァロは頷き、そしてふとバドマを見上げた。
「そういえば、ここまでの道中で青の手に襲われたりはしませんでした?」
 青の手が支配下に置いている大工房アーキテクトン周辺は、高地ドラヴァニア方面からイディルシャイアを目指す者たちにとって、避けては通れない地域だ。実際、青の手に襲撃される者の大半は、あの近辺で被害に遭っている。
「ああ、ちょっかいをかけてくる輩はいたな。なに、軽く追い払ってやったが」
「おお……」
 バドマがこともなげに言ってのけるので、ヴァヴァロは思わず感嘆のため息をもらしてしまう。青の手を相手に遅れをとらない者が討伐に加わってくれるなら心強い。
「しかし、実在するかも分からず、姿を隠している恐れもあるとは、ちと難儀じゃな。妾も生憎、魔法の類には疎くての。そなたらの仲間とはいつ頃、合流できそうなのじゃ」
「たぶん、もう二、三日もすれば来てくれると思うんですけど、連絡を取ってみないと……」
 討伐の際にはフリーカンパニーの仲間──他にもリスキーモブを追う人々との連絡網もある──が駆けつけてくれることになっていたが、いかんせん、各々が請け負った依頼もある。必ずしも間に合うとは言い切れず、こればかりはこまめに連絡を取り合うしかなかった。
「そうだ、旦那は幻術は扱えるんだよな? なんなら──」
「ならぬ。先に申した通り、すまぬが捜索には妾のみ参じるぞ。テンメイには街に残ってもらう」
 ふと思いついたように言ったアルテュールの言葉は、バドマに即座に遮られた。
 肩をすくめるアルテュールを見て、テンメイは何を思ってか、しばし考え込んでから口を開いた。
「……気配を探る程度なら、もしかしたら」
「テンメイ」
 途端に顔を険しくするバドマを留め、
「いざ戦いになれば俺は離れている。彼らの仲間と合流できたら、交代で街に戻る。それなら危険も少ないだろう。それでどうだろうか」
 テンメイはヴァヴァロとアルテュールの顔を交互に見た。
「いいんですか?」
「戦力にはなれないかもしれないが、街の外でも簡単な怪我の治療なら担える。野営の支度も心得ているし、助けを呼びに街まで走るくらいなら俺にもできる」
「ならぬ。お主は街で待っておれ。怪我でもされたら妾が困るのじゃ」
 なおも睨めつけてくる妻に、テンメイは軽く片眉を上げてみせた。
「ここまでの道程も危険がないわけではなかったろう。それに、何かあれば守ってくれるんだろう?」
 バドマが言葉に詰まった。澄まし顔で言い放った夫にひとつため息をつき、観念したように首を振った。
「……わかった。その代わり、合流した際には必ず街に残るのじゃぞ」

『なーに、あんたってば。あんなに息巻いてたくせに、まだ見つけられないの?』
 各々が準備を整える合間、ヴァヴァロはフリーカンパニー用のリンクシェルで仲間たちに通信を入れていた。そして最初に応答した者の言葉がこれ。ヴァヴァロは少しムスッとする。彼女──ファロロはいつも、ヴァヴァロにだけは態度がつっけんどんなのだ。
「探してはいるんですけど、もしかしたら魔法で姿を隠しているかもしれなくて。ファロロさんたちはいつこっちに来られそうですか?」
 それでもファロロが頼りになる先輩であることには変わりがない。ついつい同じ調子で言い返しそうになるのをぐっと堪えた。なにしろファロロは熟達した魔法の使い手──黒魔道士なのだ。今回の捜索で、最も助力の欲しい人物だった。
『予定通りニ、三日後ってところね。イェンは呼んでみた?』
「ああ、イェンさんにはまだ」
『アイツがこんな昼間に起きてるわけないってー』
 陽気な声で茶々が入り、それもそうですね、とヴァヴァロも笑う。ファロロの相棒、ノギヤの声だった。
 くすくすと笑いあう娘たちの声には、いかにも快活そうな青年の笑い声も混ざっていた。
『イェンなら、ファロロたちと同じ日に出かけたみたいだよ。行き先は不明みたいだけど』
「ミックはこっちに来られそうにない?」
 仲間内ではヴァヴァロに次いで若手のミックは、ううん、と少し悩むようにした。
『行くつもりではいるけど、間に合うかな。こっちはこれから動くところなんだ』
 ファロロとノギヤ、そしてミックだけでなく、各々が引き受けた依頼で、どうしても足並みが揃わない時もある。こればかりはどうしようもなく、亡霊騎士の発見時に折良く合流できることを祈るほかなかった。
「わかった。こまめに通信するね。そうそう、それと、イディルシャイアで会った人と組むことになったんだ。合流したら紹介するね」
『あら、腕の立つ人だといいけど。どんな人なの?』
「バドマさんって言って、アウラ族の人なんですけど、弓が得意なんだそうです。旦那さんも一緒で、旦那さんはお医者さんで──」
『あれれー? ファロロ、また勝手に知らない人間を引き込んでー、とか言わないのー?』
 ヴァヴァロの紹介も半ば、いたずらっぽい声でノギヤがまぜ返す。途端、ファロロがムキになった声を上げた。
『いつまで昔の話を引っ張り出してくるのよっ。刺激を受けられる相手なら私だって歓迎するんだからっ』
 はいはい、と笑うノギヤに、ファロロはますます躍起になったようだ。『大体あんたが変な奴ばっかり連れてくるから』『最後はいつも私が苦労して』──捲したてる声に冷やかす声、それに合いの手までが加わって、リンクシェルは瞬く間にてんやわんやの大騒ぎだ。
『──これこれ、喧嘩するでない』
「おじいちゃん」
 苦笑する声に、ヴァヴァロはぱっと笑みを浮かべた。敬愛してやまない、祖父アンリオーの声だった。じゃれ合っていた面々も言い合いをやめ 、口々にアンリオーに挨拶の言葉をかける。騒がしかった通信が一転、朗らかな空気に包まれた。
『いずれにせよ、ヴァヴァロや。無理はしないようにするんじゃよ』
 ヴァヴァロが亡霊騎士を追っているのはアンリオーも承知のこと。決して容易い相手でないのも、この場の誰もが承知のことだ。それでも孫の力量を信じ、とやかく言わずに送り出してくれた祖父を悲しませるのは、ヴァヴァロにとっても本意ではなかった。
「うん、無理はしないよ。約束する。おじいちゃんたちは大丈夫? ……大変じゃない? いつでも飛んでいくから、なにかあったら連絡してね」
 ヴァヴァロにしてみれば、アンリオーの身のほうがよほど心配だった。ただでさえ老いらくの身──光のクリスタルの加護があるとはいえ、旅は決して平易なものではないはずだ。
『なに、エミリア殿も来てくれておるからの。大事なかろうて』
『本当になんかあったらすぐ呼べよな。爺さん意外と無茶するからよ』
 アルテュールのぶっきらぼうな声が通信に入ってくる。そうだよ、とヴァヴァロが口を尖らせていると、くすくすと若い女性の笑い声がした。
『アンリオーさんが無茶をしないよう、しっかり目を配っておくから。安心してね、ヴァヴァロちゃん』
『エミリア殿まで』
 エミリアは仲間内で唯一の癒し手──白魔導士だった。アンリオーと同じく光の加護を受ける彼女は、光の戦士としてアンリオーと行動をともにすることが常だった。
『そうね。エミリアがついてれば心配無用だわ』
「エミリアさん、おじいちゃんのこと、お願いしますね」
『ああ、こりゃあ参った参った』
 立つ瀬なし、とアンリオーは照れ臭そうに笑った。
『あんたたち、冒険者稼業に精を出すのは結構だけど、たまには家の存在も思い出しとくれよ。ここのところ誰もいなくて、張り合いがないったらありゃしないよ』
『ごめんなさーい』
 和やかに笑い合う声に、いっそう闊達な声が被さった。フリーカンパニーが所有する家を切り盛りするケイムゲイムの声だった。船乗りを引退した夫とともに、一同の衣食住を一手に引き受けてくれる彼女には、誰も頭が上がらないのだ。
『──ヴァヴァロちゃんとアルテュール君も気をつけて。手強い相手だって聞いているから』
「うん、ありがとう。気をつけるよ」
 硬い口調のエミリアに神妙な口調で返し、ヴァヴァロは自身の胸にも刻むように、リンクシェル越しに頷いた。

 仲間内で使うフリーカンパニー用のリンクシェルとは別に、リスキーモブを追う面々で共有するリンクシェルにも捜索に繰り出す旨を報告すると、ヴァヴァロは最後の支度に取り掛かった。
 古くなった戦化粧を洗い落とし、新しく描き直す。気持ち新たに事に挑む際の、ヴァヴァロだけの特別な儀式だ。
 施す模様は虎の柄。勇猛な虎の如く果敢であれ、そして精進せよと、自身に言い聞かせるために施すのだ。──もっとも、ヴァヴァロは本物の虎を見たことはないのだけれど。
 こうして模様を施していると、ヴァヴァロは必ず、懐かしい父の言葉を思い出す。
 冒険者として家を留守にすることが多かった父に、自分も冒険に連れて行ってほしいとせがむと、父は決まって『もっと大きくなったらな』と笑って言うのだった。では早く大人になりたい、と泣きべそをかくと、『泣き虫だと立派な冒険者になれないぞ』とよくからかわれたものだ。──そうして泣き腫らした自分の顔に、この模様を描いてくれたのだ。
(知っているかい、ヴァヴァロ。東の地には虎という、とても勇猛な獣がいるそうだよ。父さんも本物を見たことはないが、黄色い毛並みに黒く 美しい縞模様を持つ、猛々しい獣だそうだ。──さあ、これでヴァヴァロも強い子だ)
 あれからもう何年も経ち、きっと父が施してくれた模様そのままとはいかないだろうけれど。
 それでも構わないのだ。大事なのはこの化粧が、亡き父が与えてくれた心を奮い立たせる術である、ということなのだから。

捜索02

「──よし」
 最後の一条まできっちり描き切ると、ヴァヴァロは心を一路、低地ドラヴァニアへと馳せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 
=====================================
本当は捜索01と合わせてここまでのっけたかったっ。
今更ですが世界観の解釈は多分に自己解釈が含まれていまーーーす!!

 

 

 

蓮華遊子 – 捜索02”に2件のコメントがあります。

  1. EiraEira Post author

    >ティヨ氏
    ありがちょ〜〜!続きもコツコツ書いていくぜい!٩(*’ω’*)و

  2. ティヨ

    いいねいいね!続きお待ちしております٩( ‘ω’ )و